近隣史跡めぐり
将門ゆかりの地をたどり、日秀の歴史にふれる。
観音寺の周辺には、平将門にまつわる伝承や、古代の日秀を感じさせる史跡が残されています。将門神社、将門の井戸、日秀西遺跡など、観音寺とともに訪れたい近隣の見どころをご紹介します。
観音寺の周辺には、平将門ゆかりの史跡や、日秀による開基の歴史を今に伝える場所が点在しています。
実際に足を運び、地域の歴史にふれることで、日秀の時代に思いを馳せてみませんか。
散策ルート案
観音寺
将門神社
将門の井戸
日秀西遺跡
※所要時間は目安です。季節や天候により前後する場合があります。
将門神社
将門公の霊を迎えたと伝わる祠
観音寺から手賀沼方面へ進んだ場所にあり、かつてこのあたりに平将門公の出城(砦)があったと伝わる場所です。
承平天慶の乱にて将門公が戦死した後、その霊が日秀の郷に現れ、「我は日秀の郷に永く留まり、村人を守る」と告げたという伝説があります。村人たちはその霊を祀るために祠を建て、今も静かに受け継がれています。
現在は小さな祠が残るのみですが、毎年「オビシャ」や「宮薙」などの地域の行事が執り行われており、人々の信仰を集め続けています。
将門の井戸
将門公が開いたと伝わる、林の中の井戸
将門神社から程近い、木々に囲まれた静かな林の中に佇む古井戸です。承平2年に将門公自らが開き、軍用に供したと伝えられています。
『湖北村誌』に中相馬七ケ村には七つ井戸と称して各村に一カ所ずつ井戸があったと記されています。日秀の村民は将門の井戸を「石井戸」(いわいど)と呼んでいました。
『下総国日出村観世音菩薩縁起』には、「社の震に石井戸を開いた」との記述が残されています。「震(しん)」とは東の方角を指し、この井戸が将門神社のほぼ東方に位置することから、古くから歴史的関連性が高いとされてきました。
ゆかりのつながり
日秀西遺跡
古代の日秀を今に伝える、地域の歴史遺産
現在の千葉県立我孫子特別支援学校(旧湖北高校)の敷地およびその周辺に位置する、古代の複合遺跡です。
昭和52年の発掘調査によって、縄文・弥生・古墳時代から歴史時代に至るまでの住居址群や、巨大な掘立柱建物跡が多数発見されました。また、貴重な奈良時代の銀銭「和同開珎」や炭化米が出土しており、この地域が古代下総国における重要な荘園、あるいは郡衙(ぐんが:地方役所)の正倉(倉庫)があった場所と想定されています。
※『我孫子市史 原始・古代・中世編』より引用
保存された遺跡の画像
旧湖北高校跡地などの調査により、縄文・弥生・古墳・歴史時代の住居跡や掘立柱建物跡が多数発見されました。「千葉県我孫子市日秀西遺跡発掘調査報告書」(千葉県教育委員会)より引用
切断された「和同開珎」
奈良時代の銅銭・銀銭が出土しています。当時、高い社会的地位の役所が存在した証です。我孫子市ホームページより引用
炭化米
炭化した古代の米が出土しています。米を蓄積する大きな官衙倉庫(正倉)の存在を裏付けています。画像はイメージです。
想定される倉庫建物
当時の倉庫(正倉)を復元したイメージです。我孫子市教育委員会提供の資料を参考にしています。我孫子市教育委員会提供。